第43回 「情報の文明学」梅棹忠夫
もうね、なにがなんだか分からないですよ。最近セカンドライフっていうのが話題になっていますよね。ネット上にもうひとりの自分を登場させて、そこで生活を送れる。扱われているお金は、現実のお金と交換できるから、セカンドライフ上でビジネスを営んで、結構な収入を得ている人もいるとか。
「情報の文明学」は、物やエネルギーじゃなくて、実体の掴みにくい情報が産業の中心になっていくだろう、と1963年の時点で予測した「情報産業論」などいくつかの論文をまとめた本です。これらの論文に書かれている未来予想図は見事なまでに的中しています。
ここでいう情報とは、テレビや新聞、書籍はもちろんのこと、たとえば車や家具などのデザインも含まれています。機能重視ではなく、デザイン重視で物を購入した場合、それは物に付随する情報にお金を出したということになるらしいです。
梅棹さんは、そうした情報産業がメインとなる時代を肯定的に捉えていますが、その先に登場するネット社会についてはこの本には何も書かれていません。ネットはまさに実体のない情報ばかりが行きかう場であるけれども、セカンドライフも含め、ちょっと行き過ぎの感じがして、まだ僕は全面的には受け入れらません。
なんか古臭いことを言うようですけど、ネット上で生活を営んだり、恋をしたりするのは“なんかちがくね”と感じませんか?恋だって、ビジネスだって、なにかをすることで目の前の相手が喜んでくれるのがうれしいんです。パソコン上の画面で“ありがとう”とか言われてもね。
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