カテゴリー「社会・政治」の5件の記事

2007年4月15日 (日)

第43回 「情報の文明学」梅棹忠夫

もうね、なにがなんだか分からないですよ。最近セカンドライフっていうのが話題になっていますよね。ネット上にもうひとりの自分を登場させて、そこで生活を送れる。扱われているお金は、現実のお金と交換できるから、セカンドライフ上でビジネスを営んで、結構な収入を得ている人もいるとか。

「情報の文明学」は、物やエネルギーじゃなくて、実体の掴みにくい情報が産業の中心になっていくだろう、と1963年の時点で予測した「情報産業論」などいくつかの論文をまとめた本です。これらの論文に書かれている未来予想図は見事なまでに的中しています。

ここでいう情報とは、テレビや新聞、書籍はもちろんのこと、たとえば車や家具などのデザインも含まれています。機能重視ではなく、デザイン重視で物を購入した場合、それは物に付随する情報にお金を出したということになるらしいです。

梅棹さんは、そうした情報産業がメインとなる時代を肯定的に捉えていますが、その先に登場するネット社会についてはこの本には何も書かれていません。ネットはまさに実体のない情報ばかりが行きかう場であるけれども、セカンドライフも含め、ちょっと行き過ぎの感じがして、まだ僕は全面的には受け入れらません。

なんか古臭いことを言うようですけど、ネット上で生活を営んだり、恋をしたりするのは“なんかちがくね”と感じませんか?恋だって、ビジネスだって、なにかをすることで目の前の相手が喜んでくれるのがうれしいんです。パソコン上の画面で“ありがとう”とか言われてもね。

情報の文明学

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2007年4月10日 (火)

第38回「他人を見下す若者たち」速水俊彦

たしかに他人を見下してるヤツ多いですね、僕らの世代は。根拠のない自信に溢れてますよ、みんな。

速水さんは、そうした若者が多くなってきたことを「親が甘やかしすぎた」「憧れる人(大人)」がいないって社会の原因があると言っています。といか、現代社会の特徴を、なんでもかんでも「他人を見下す若者」に結びつけている気がします。

速水さんの主張に反論する気はないけど、若者が他人を見下す一番の原因は「普通の人」を肯定しない社会にあると思う。凡庸性の否定。そのへんにいるオッサン・オバサンはかっこ悪いものだとメディアが何十年も刷り込んできたのです。

だからみんな自分が「普通の人」であることを認められないのではないでしょうか。本当は、「普通の人」であることを認め、いろいろ努力することでいろんなものを手に入れられるのに。

ちょっと気になったことがあるんですけど、速水さんは「私たちが子供の頃は」「私たちが若者の頃は」みたいな話を何度も書いていて、自分たちが歩んできた時代がいかにまともだったかみたいなことをあちこちで言っています。そんな言動から、「若者を見下す速水さん」が見え隠れするような気がするのは、気のせいでしょうか。

速水さんも、「仮想的有能感」(本書で頻繁に登場する言葉)をお持ちなのではないでしょうか。

他人を見下す若者たち

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2007年4月 8日 (日)

第36回 「グーグル Google 既存のビジネスを破壊する」佐々木俊尚

以前、「ウェブ進化論」を読んでGoogleってすごいなぁってビックリしたんです。

・「世界政府というのがあったとして、その政府が整えるであろうインフラをGoogleがつくる」

・「Googleの検索エンジンにひっかからないのは、存在していないのと同じ」

というようなGoogleの発言を素直にカッコイイって思ったんですね。任天堂と並んで、ワンダフルな企業だと感じていました。

でも、この「Google」を読んでちょっと疑問を持ち始めました。アメリカ政府や中国政府の要求を受け入れちゃっているあたりが、かっこ悪い。やっぱり、一企業として、自社に危険が及ぶようなことはやらないのかなって。もっと、各国政府とでもやりあうくらいの気概を持ってほしかったです。

しかも、Googleのすごさは分かるのだけれども、偉業の果てにどんな世界をつくろうとしているのかがいまいち伝わってこない。ただ単にみんなが便利になって、Googleが儲けられる世界だったらいいのでしょうか。誰もが夢をみられるような、素敵な世界をつくることを企業理念としてもってほしいです。

グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する  文春新書 (501)

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2007年4月 1日 (日)

第30回 「親より稼ぐネオニート」今 一生

ネオニートとは、ニートなんだけれども高収入を手に入れている人たちのこと。この本では、主にネットを利用して収入を得ている人たちを紹介しています。

たとえばライターやデザイナーのようにフリーランスの人々と、ネオニートたちの違いはなにかというと、ネオニートたちには“ひきこもり体質”があるということでしょうか。

社会に拒絶された経験の持ち主が多い。これまでは、フリーランスで生きていくためには、高度のコミュニケーションが必要でした。企業に雇われている人たちよりも、コミュニケーション能力の有無が収入の多寡に表れてきていたと思います。

しかし、ネット社会が発達したことによって、他人と接触しなくても収入を得ることが容易になってきたのは確かです。でも、それで収入を得て生きていく人生は果たして楽しいものなのでしょうか。

ひとりパソコンの前で毎日仕事をするだけの仕事は、精神的に楽ではあるけれども、充実感は得られにくいはずです。誰かにほめられたり、誰かと目標達成の喜びを分かち合うのも仕事の醍醐味です。そのへんの問題をどう解決するかが、ネオニートになった際の、人生を楽しく生きられるかどうかの鍵になってくるでしょう。

親より稼ぐネオニート―「脱・雇用」時代の若者たち

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2007年3月 6日 (火)

第14回 「下流社会 新たな階層集団の出現」三浦展

ひたすらデータです。続々出てきます。下流の人、もしくは上流の人はなにを好んで食べ、なにに時間を費やすのか。でも、下流の人はコンビニ弁当を好んで食べるから下流になったのではなくて、下流になった結果、所得が低いからコンビニ弁当を食べているのではないかという気がするので、これらのデータに意味があるのか疑問です。

下流社会 新たな階層集団の出現

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